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わたしは小さいころから動物が好きでした。
うちは田舎だったので、犬がいるのは当たり前。多い時には3匹外に飼うくらいでした。
そして、わたしは子供の時はもっぱら小鳥が好きで、インコの繁殖に燃え、
30羽くらいまで増やしたりしました。インコの他には鶏や鳩を飼ったりもしました。
とにかく常に動物がいる家だったのです。
たった一つの例外は猫・・・。わたしは猫も大好きで良く拾って来たのですが、
父が猫嫌いだったので、大抵はわたしがいない間に捨てられてしまったのです。
子供の時にそれはもうすごく辛い経験でした。
ですから、わたしの子供の時からの夢は自分の家を持ち
動物まみれになって暮らす事だったのです。

そして十数年・・・。わたしはめでたく子供の時からの夢が叶い、雑誌でお仕事できるようになりました。
しかも、事務員のアルバイトをしながら同人誌を発行し、雑誌の連載を2本こなすという
ハードスケジュールだって平気で頑張りました。
家を持つという願いをかなえるためでした。
まぁ若かったせいもありますが、あの5年間はすごい暮らしぶりでしたw
今のだらけた暮らしからは想像もつきません。

そして、現在・・・。我が家には猫が4匹と金魚が2匹います。
ちょッと前まではハムスターもいたのですが、ハムスターは寿命が短いせいで何度か死に立会わねば
ならず、少し飼いにくい気分になってしまったのです。
でも本当はすごく好きなので、そのうち買ってしまうかもしれませんw


実は旦那も動物好きで、独身時代にマルチーズを飼っていたのですが、
友達にもらわれて行ったのだそうです。将来はパピヨンを飼うのが夢らしいです。
まぁ、狭くて小さな家ですので、なかなか実現は難しいですが。

子供もすごーーく動物が好きなので、将来は自分で選ばせて飼わせてりたいですね。
あの拾った動物を捨てられた後の悲しい気持ちは味合わせたくないです。


ちなみに、拾った捨て猫を親に捨てられ続けたショックから、将来家を持つのが夢になったという
話はあおば出版のねこっこ倶楽部8巻の方で描かせていただきました。

 

BEFORE ★ご紹介★ AFTER
ハトリ君はパパさんが拾って来ました。
道路の真ん中で動けなくなっていたそうです。
連れて来たときは、のみがすごくて、l 
目は目やにで埋まってて、まったく鳴かず
動かずでした。
病院に連れて行ったら、極度の貧血(ノミのせい)
で、かなり危ない状態でしたが、
すっかり元気になりました。
右の目が少し具合悪いのですが、
性格の優しい本当にいい子です。
(2003年8月生まれ)
ロールを拾ったのは、妹の旦那でした。
会社の駐車場に可愛い子猫がいるが、
従業員からコーヒーのあまりミルクをもらう程度で
やせこけていると・・・・。
すぐに妹が家に連れてきました。
白と黒のコントラストが美しかったロールも、一年後には
変なまだら模様に(笑)
でも小柄で殆ど鳴かない、可愛い子です。
(2003年8月生まれ)
ニャン太を拾ったのは、うちの子供のるなちゃんでした。
学校に兄弟で捨てられて、それなりに生徒に可愛がって
もらっていたようですが、いつ処分に出されるかと思うと
気が気ではないし、子供の希望もあって引き取ってしまいました。
男の子とは思えない美しい子で、子供の頃からちやほや
されていました。
手足が大きいので、すっごいデブ猫になる予感・・。
(2005年3月生まれ)
チー様を拾ったのは、私です。
たまたま寄ったコンビニの隅に座っていました。
ソーセージを投げてやったら、奪って逃げたので
野良なんだなぁと思いました。
その後もたびたび寄るといつもそこで待っていました。
女の子だし、交通量の激しい道路沿いだし、
心配になって捕獲しました。
まだまだ人間は怖いようですが、それでも日に日に
懐いて可愛くなって行ってます。
(生まれ不明。2004年12月末捕獲)
初代の家猫ニャジラさん。
妹と二人でミルクから育てました。
三毛の美人さんでしたが、性格は悪かった(笑)
良く遊びに来る友達にシャーーと威嚇して
殴ってました(笑)
タチの悪い事に、わざわざ追いかけて行って殴る
有様・・・・・。
それでも私には可愛くて可愛くて仕方なかったんですが。
17年生きた頑張りやさんでした。
(2002年1月没)
二代目マルコ。
この子は本当に死に掛けて我が家にたどり着きました。
栄養失調か病気か、全身の毛が抜け落ち、
目は目やにで埋まり、まさに骨と皮だけ。
怪物みたいな声で鳴いてました。
多分このまま助からないだろうと、最後に美味しい物を
・・・とカンズメなどを上げていたら、すっかり元気に。
毛が生えそろってみれば、綺麗なシャムミックスでした。
性格はひたすら温厚。子供にも優しい子でした。
11年生きましたが、最後は病気で天国に行きました。
(2003年1月没)